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継ぎ足し使う

【趣向】お金

「淀む」っていう言葉

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自分の中には,気持ちのいい落とし所を見つけるまでずーーーーーっと考えることになるんだろうなっていう単語が幾つかあります.

 

そのうちの一つは「淀む」という単語.
淀む/澱む(ヨドム)とは - コトバンク

コトバンクを出典にするってのはあれだけど.

大きな意味は3つあって,

  1. 水や空気などが流れない.止まって動かない.
  2. 底に沈んでたまる.
  3. 動作が順調に行かない.

どれもが「淀む/澱む」.

 

自分は,お金に関してはこの「淀み」を捨て去るためのものだと思っています.

動き続けなければいつか淀みに脚を取られて,絡まれ,どこまでも没落してしまうと思っています.

 

食べ物にしろ,文学にしろ,経験にしろ,大多数の引き換えはお金です.何かを得ようとした行動に使用したエネルギーは埋め合わせなくては死んでしまうわけですし,考えてみれば大多数どころか全てはお金です.

淀みはここでケチをした場合に生まれると思っています.流れるべき場所に自分の欲が流れない.流出したエネルギーを取り戻すためのエネルギーを充てない.こういう流れを遮ることで自分の「次のための布石」の芽を摘み取ってしまっていると思います.

 

選択とお金

何かを得ようとしたとき,大抵はそこで結論は出ています.

ゲームを買う/買わない

⇛タイトル

⇛どこで

⇛いくら程度なら…

 

食事をしよう

⇛何を

⇛どういう味の

⇛だれと

 

こんな例を挙げましたが実際問題重要なのはこの結論が「出ている時点」で既にその「結論しか出せない視点」であるように思います.

様々な経験を積んだAさん,自分のコミュニティに閉じこもっていたBさんに同じ目的を達成させたとしたら?

食事の選択肢,手を出すゲーム,使用する交通なんかも違うかもしれません.

 

個人が何かを決める時その善悪のベンチマークをどこに設定するかは過去の経験で決定されます.そのときの測りが今までの単一で繰り返し行われた経験であれば,恐らく精度がよいものとなるでしょう.しかし多くの場面で活きるのは「広範な視点から」得た決定の方がより納得いくものであるように思います.

 

そういった事を踏まえて,AさんBさんの「視点の広さ(手段)の違い」というのを考えてみるとこの問題の解は「今まで何に対して金銭を投入してきた?」という問で明らかにできるように思います.

 

淀みを取り払う

お金があれば経験が買えます.経験というのは時間に付与される価値でありだれと何をしたという満足感です.時間に対しても価値や経験が得られるので一人であっても問題はないんじゃないかな,と思っています.勿論複数人のほうが価値は高くなるように思いますが….

 

この経験の多さが,どれだけ淀んでいないかを決める指標であると思います.

一度淀んでしまえば物欲はあってもその後学ぶだけの価値がある経験を自らの脚で得てゆくよいう行動のハードルはぐんと上がると思います.それにはネットミームスラングによる世間の目みたいな外的要因もあるようにおもいますが.

 

バイタリティや活発という印象や評価はこの淀みの無さや「淀まないぞ」という快活な様子を修辞しているものだと,私は思っています.

 

総括

いや,色々長くなったけどやっぱ選択肢を増やせるためのお金の出費は惜しむべきじゃないよね.よく年長者のいう「いろんなことを経験しろ」ってのは決断の際に様々な状況を想定できるっていうことだし,その結論は次の結論のための糧になるよ,って言うことなんだろうけどなんでそこまで言ってあげないんだろうね.

ちなみに仕事して収入があったらVRは絶対買います.サマーバケーション,買います.